塩田武士『騙し絵の牙』KADOKAWA
出だしから出てくるいくつもの名前を最初は覚えられず、何度かページを戻りながら読んだ。元々登場人物の名前を複数覚えるのが苦手なせいだけれど。
けれど文字を追ううちにいつの間にかそんなことも忘れ、物語と現実が混ざりあっていく。
歩く度に足元の砂が崩れていくような、胃の痛くなる仕事。章ごとに深まる悲哀と苦痛が、章の口絵(?)になっている大泉洋さんの顔にも滲み出てくる。
まだ半分…、まだ…まだ終わらない…。次々と地雷のような出来事が埋まっている戦場を、頁数を見ながら追われるように読む。読んでいてこんなに早く終わって欲しいと思う小説もなかなかないかもしれない。けれど目を離せない。
家族、仕事、苦しい、辛い。物語の中の八方塞がりな生き方は、決して本の中のこととも他人事とも思えなかった。
社会や会社、家庭に追い詰められていく姿が自分とも友人とも家族とも重なっていく。
この本の本題ではないんだろうけれど、さらさら音をたてて崩れていく砂の城を両手で支えるような毎日は、誰もが大なり小なり感じているものだと思う。指の間からもこぼれ落ちていく粒に無力感を感じながら、けれど進むしかない。後戻りもできないし、その砂の城を投げ出して逃げることも、よほどの覚悟がないとできない。
少しずつ本当の自分を押し殺して、生きていくための仮面を被る。そうしている自分を、この本を読んで気づかされた。
塩田武士『騙し絵の牙』KADOKAWA
978-4-04-068904-3